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僕はDay Dream Believer

モロモロの日々

別世界へのチケット

先日中野サンプラザに友人と一緒に岡村靖幸のライブに行った。終演後はいつもの流れで軽く飲みに行き、すっかり盛り上がってしまい、中野から自宅のある横浜の田舎まで終電で帰る羽目になった。
横浜で電車を乗り換えるために京急線のホームで20分ほど待たなければならなかった。いつもなら読書をするのだが、すっかり酔ってしまい活字なんてとても見る気になれないので、Facebookで知人の最近の動向を見て時間を潰すことにした。地元の友人の写真はほとんどが赤ちゃんの写真で「みんな幸せそうだなー!でも岡村ちゃんのライブに行ったばかり俺の方が幸せ度負けないぜ!」とほくそ笑んだりした。精一杯の強がりだ。さらに画面をスクロールしていくと過去に芝居で共演した方々の最近の舞台写真とかチラシとかがあり、何の考えもなくボンヤリとそれを眺めていた。
そのとき違和感を感じ、ふとホームに目を移すと芝居のチケットの半券が落ちていることに気づいた。学生時代に演劇をやっていたので芝居のチケットなんて目新しいものでもないのだが、私はその半券から目を離せなかった。なぜなら驚くべきことにその半券は私が今Facebookで見ている知人の舞台のものであったからだ。目の前で起きている出来事が信じられなかった。何度スマホの画面と落ちている半券を確認してもまったく同じタイトルだった。
はっきり言ってその知人の舞台はそこまで有名ではないし大きな劇場でやっているわけでもない。しかも横浜からは程遠い劇場である。その知人の舞台を見たお客さんが横浜駅のホームに、しかも私が乗り込む車両(さらには1車両4ドアあるうちの私が乗り込むドア)の列に、さらには本当に目の前としか言いようのない位置に落とすなんて驚愕である。たまたまと言えばそれまでの話だが、あの半券は人間では理解できない何らかのメッセージだと思ってしまった。思ってしまえるだけの異様な雰囲気が半券から出ていた。別にスピリチュアル的な話じゃない。ただ世の中には説明できない、人間よりも広い視野を持った何かがいるような気がして、ソイツがたまに見せる茶目っ気みたいなものが、我々がごくまれに体験する不思議な出来事の1つなんじゃないかと思うときがある。
あの半券を拾うことでその出来事を事実として認めるべきだったのだが、人間として出来なかった。圧倒的な出来事を前にしたら人間の価値観は捨て去るべきなのだが無理だったのだ。
それと同時に拾わなくて正解だったとも思う。あの半券を拾うことで時空に裂け目ができ、その裂け目から魔界の魔物が人間界にやってきて、魔界統一トーナメントなるものが開催され、トグロ兄弟とかいうサイモン&ガーファンクルばりにギクシャクした兄弟(弟の肩に兄が乗っている)がヤンチャしちゃうような世界になってしまっていただろう。
本当に不思議な半券だった。酔って見間違えただけかもしれないけど。